お問い合わせ

自律と自立 困っている人たちを助け続けるために自律と自立 困っている人たちを助け続けるために

働くとは

17歳の終わりくらいにアメリカへ行ったんですが、何もできないので、正式な雇用なんてありませんでした。アルバイトを募集しているところへ行っては、その現場の一番後ろをうろうろしてたんです。で、待っているんだけど、誰も何もしてくれない。知らない間にその日1日が終わって、しょんぼり帰る。そんな日が続いて、ようやく当たり前のことに気がついた。あ、そうか一番前に行かなきゃいけないんだって。自分が真剣にコミットしたい感情とか姿勢をちゃんと相手に伝えなければ、誰も存在を認めてくれない。名前を覚えてもらう以前の話なわけです。それからは、とにかく最前列に行くようになりました。

そうやって仕事を見つけて働き始めたんですが、若い頃はどんな仕事も自分のためだけにやっていました。自分の欲しいものを手に入れ、生活を良くし、自分の評価を上げるため。全ての目的が自分でした。働いていると、多少のリターンはあるんですよ。給料とかボーナスとか。でもそれが全然大したことなくて、どれだけ頑張っても一向に満たされない。これで本当に幸せなのって思ったんです。欲しかったものを手に入れたり、自分が褒められたりしても、全然嬉しくなかった。虚しさのほうが大きかった。じゃあ何のために働くのかって、頭が千切れるくらい考えた。自分で正しいだろうって答えを見つけない限り、もう仕事なんてやってられないと思う自分がいましたから。

世の中の仕組みをずっと観察して勉強して、そこでようやく気づいたのは、仕事っていうのは、すごく単純で、「困っている人を助ける」ってことでした。もうこれに尽きるなって。だって全ての仕事がそこに行き着くんだから、これが世の中の原理原則なんです。自分の欲しいもののために働くなんて、なんてちっぽけで、馬鹿げたことかと思いました。そりゃスケールしないだろうって。仕事の本質が「困っている誰かを助けること」だと思えた時、社会を構成する一人として、社会が喜んでくれることをしなければと素直に思うことができた。「自分のため」と「社会のため」では自分を動かすモチベーションが全然違ってくるんですよ。

健康管理、手を動かす、謙虚でいる

「困っている人を助ける」ために何が一番大事か。要するに仕事をする上で大切なことは、自分が健康であることだと思います。元気でないと人とコミュニケーションも取れない、というか人に会いたくなくなるし、前向きに仕事もしたくなくなります。

つまり自己管理です。自分の健康のコンディションを一番いい状態にするには、どうしたらいいのか。食事は? 睡眠は? どんな人とどんな風に過ごしたらいいのか? それらを最優先に考え、自分を律していかないといけないわけです。自分が健康であるってことは、ある種の責任を果たすことにもなる。風邪をひいたとか言う人は、なんて無責任なんだって思います。真剣味が足りないです。

あと仕事をする上で大切だと思っていることは、ちゃんと自分の手を動かすってことです。自分の手を動かしていないと誰も感動させられない気がして。要するに効率的な仕事ってないってことなんです。自分の手を突っ込んで、手を汚して、ひとつずつ丁寧に向き合わないといい仕事はできない。

それと自分自身のやり方を固定せずに常に謙虚でいることが大切です。もっといい方法はないだろうか、もっと違う考え方があるんじゃないかって毎日考える。だから僕なんか外から見たら矛盾だらけです。昨日言ってたことと今日言ってることと明日言うことが違ってるんですから。でもこれは仕方ないことです。手を動かして体も頭も動かしてチャレンジして。新しい発見がたくさんあるから、どんどん考え方も変わっていく。変わらないってことは、自分の成長が止まっているのと同じですから。

Column

料理は設計図もないし、まさにゼロイチに近い非常にクリエイティブな作業。作り手自身があらわれる気がします。ロクなことを考えてない時に作るとロクな料理にならない。嘘がつけないんですよ。それに食べたいものが自分の手で作れたら、こんなに豊かなことはありません。僕はいつも空腹を満たすためだけではなくて、心まで満たす料理を作りたいと思っています。仕事も暮らしも人間関係も同じで、じんわりとまごころが残るような後味の良さを大切にしたいですね。

自立してなければ面白くない

常々自身を成長させながら、自立歩行ができる質の高い自分を目指していかなければと思っています。1人1人が社会や組織に依存することなく、独立して生きてこそ、助け合うことができると思うんです。

自分が1人であることを受け入れてこそ、他人の気持ちを理解することができるんです。世の中に対しても、自分がどうやって関係性を持つか真剣に考えるようになれる。群れて隣の人と一緒にいたら、世の中に対して自分がどうコミットすればいいか、何をするべきかに、興味も湧かなくなってしまうんじゃないかなって。

精神的に独立しなきゃ。でも、それは簡単なことじゃないのもわかる。裸で槍が降る中に出ていくようなものだから、傷つくのが怖い。だけど、それが自分を鍛えてもくれるし、そういう姿勢を見せると人って信用してくれるから。大事なんですよね、すごく。勇気を持つっていうか、自分の仕事の最前列に行くっていうかね。後ろでわかったつもりになって白けて見てるんじゃなくて、一度前に行ってみる。いいこといっぱいあるはずだから。ライブとか見に行っても、一番前にいる人たちってすごく盛り上がってるでしょ。何でもそうだろうけど、最前列と後ろの方じゃ情報量は雲泥の差ですよ。

Column

最低でも週に1回は花屋さんに行きます。いつも季節の花を花瓶に入れて飾っていた母の習慣をなんとなく受け継いでいる気がしますね。季節によって香りや品揃えが変わるし、毎日でも変化する。買ったばかりのお花はつぼみだけど、2日目、3日目くらいでぱっと開いたりして、そしてやがて朽ちてもいく。やっぱり生きているものが近くにあるとすごく癒やされますね。

困っている人を助け続ける

「生かし合う」ってことは僕の中で大きなテーマの1つなんですが、言葉の通り、誰かを生かして、誰かに生かされるということです。それは人と人だけでなく、草花や動物や水や空気だって同じことです。自分以外のひとやものやことを生かすというのは逆に、それらによって自分も生かされるということです。

ではどうすれば生かし合えるのか。それはまず自分が相手を認めることから始めなければならないのではないでしょうか。ありのままを受け入れるってことです。基本的に僕は全肯定でいたいと思っています。もちろん納得いかないこともたくさんあります。でもそう思う相手に対して、背中を向けたり、攻撃したりしてしまった途端に、生かし合うことができなくなってしまう気がするんです。何があろうとも一旦は受け入れて認める。それがどんな状況であっても、そうすることが第一歩なんじゃないかなって思います。

世の中のいろんなもの1つ1つを謙虚に素直な気持ちで受け入れる。遮断せずに受け入れることで、困っている人がどこかにいるとか、その人が何に困っているかといった情報が入ってくる。それを自分の一番得意なことで解決していく。そうやって、「困っている人を助ける」ってことが、僕が気づいた働くことの真意です。要するに社会貢献ですよね。世の中には、今社会で起きている大きな問題に対してだけ取り組むことが社会貢献だと思っている人がいる。大震災や津波の被災地でのボランティア活動とか。確かにそういった貢献は大切ではありますが、もっと身近なところに、困っている人たちがいるはずです。そんな人たちを助けていくことが、僕たちが毎日でもできる社会貢献だと思っています。

若い頃は、仕事と暮らしとはどこかに線が引かれていて、分かれているものだと思っていました。でも様々な経験をしたり、毎日を楽しく暮らすことが、アイデアへとつながり、そのアイデアで社会に貢献できているとするなら、そこに線なんてないじゃないかということに気がついたんです。暮らしを充実させ、豊かな人間にならなければ、いい仕事はできない。全てはつながっています。

自分自身を律して、自立歩行できるしっかりとした個を磨き、物事の最前列で情報のシャワーを浴びながらしっかりと手を動かして、世の中にアクションを起こしていく。そうやって、自身で得た多くの感動や体験を届けることで、困っている人たちを助け続けていきたいと思っています。

松浦弥太郎(まつうら・やたろう)

1965年東京生まれ。エッセイスト、編集者。2003年、セレクトブック書店の先駆けとなる「COW BOOKS」を中目黒にオープン。2005年から15年3月まで、約9年間、創業者大橋鎭子のもとで『暮しの手帖』の編集長を務め、その後、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。現在は(株)おいしい健康・共同CEOに就任。ユニクロとの協働サイト「LifeWear Story 100」の責任編集を手掛ける。タイガー魔法瓶「GRAND X クラブ」のクリエイティブディレクションを務める。
ベストセラーに「今日もていねいに」「しごとのきほんくらしのきほん100」他著書多数。2010年よりNHKラジオ第1「かれんスタイル」のパーソナリティとしても活躍。

インタビュー

養老孟司
小林達雄
松浦弥太郎
長井三郎